──ああ…頭が……ズキズキする。
それはまるで度の合わない眼鏡をかけたような、大音量で音楽を聞いているような、そんな頭の痛さと重さ。
身体が動かない。どうやって身体を動かしていたか、思い出せない。何だろう…、私は何だろう?
ふと空気が動いた。重い布越しに、それを感じた。布の重さは、私の身体の小ささと非力さを教えてくれる。
頭があって、耳が頭の上に出っ張ってて、くびれのない小さな胴体があって、短い手があって、足があって、長い尻尾が伸びている。これはミュウというポケモンの身体だ。
でも私は…私は人間で、ミュウの身体の事なんか知らない。頭に流れ込んでくる膨大な感覚情報をどうすることもできないし、生えてしまった尻尾がどうやったら動くかなんて分かりっこない。
大きな手が、私をくるんでいた重い布、私の服だった布の塊の中から私を引きずり出した。それは今の私にとってはあまりに乱暴で、私は悲鳴を上げずにはいられない。
「ミュウ! (痛い!)」
痛い、確かに私はそう叫んだし、私の耳にはそう理解できる。けれど聞こえる音はどうしようもなく甲高いミュウの鳴き声で、それが私をより絶望させる。私は最早、人間ではないのだと。
そんな私とは対照的に、私を掴み出した白衣の男…ドクターは、狂喜していた。
「確かにミュウだ! 生きている、色違いのミュウだ!! ついに、手に入れた!」
嫌だ。私はこんな男のものじゃない。…気持ち悪い!
ドクターの手を振りほどく。飛び下りて、冷たい床を、慣れない足で踏みしめる。
ダメだ、両足でバランスを取るのが精一杯。こんな二足歩行にも四足歩行にも向かなさそうな足では…いっそカンガルーのように跳ぶしか…。
さっきよりは少し動くようになった身体で、兎跳びをしているような気分で、白衣の人々の手を懸命にかいくぐる。
「こいつ…っ! 意外とすばしっこい!」
「実験体の分際でちょろちょろして!」
「おい、麻酔銃を持て!」
この部屋ではポケモンは出さないんだ、と思ったのが隙につながったのだろう。今まで感じた事のない所にチクリとした痛みを感じてハッと振り返ると、引きずっていた尻尾の先に針が刺さっていた。
ヤバい、と思った時には、私の身体は再び力を失って倒れ込んでいた。今度こそ、完全に身体に力が入らない。
ドクターが再び私を掴み上げた。
「諦めたまえ」
彼は酷薄な笑みを浮かべた。
「逃げてどうするつもりだったのかね? さっきの無様な動き、君はどうやら人間の方の意識を持つようだ。ならば分かるだろう。ここから逃げれても、どこにも行くあてがない事は…」
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