「……な…!」
空を覆い尽くすような、深い深い闇。
そんな闇を、具現化してもいないような状態で出すような奴を、一人で召喚できる奴なんかこのクラスにはいなかった筈だ!
闇が渦を巻く中心には、腰を抜かしている3人の馬鹿ども。
一瞬にして、血の気が引いた。
あいつら、先生の言った事無視して、陣をいじった挙句に複数人で召喚しやがったのか…!
しかも選りにも選って、先生が席を外した隙に!!
「お前等、早く逃げろっ!」
クラスメートたちは、我先にとグラウンドから逃げ出す。
「誰か、先生を呼んで来い!」
言いながら、阿呆どもの元へ駆けよる。見れば、いつもオレにちょっかいをかけてくる奴らだった。が、そんな事は関係なかった。
オレは陣から3人を引きずり出す。何か文句が聞こえたような気がしたが、今はそれどころではない。
闇を先に具現化させるのは、日光の苦手な吸血鬼か、下手をすると高位の魔族とか……。何が出てきても、落ちこぼれのオレは勿論、学生なんかでは太刀打ちできないような魔物ばかりだ。
やがて姿を現した魔物に、オレは心の中で盛大に舌打ちをした。
「吸血鬼…」
しかも、気の狂っている奴。その証拠に、目の赤い光が強い。
不意に、押しのけられるように、突き倒された。
あの3人が、オレを吸血鬼の方に突き飛ばし、一目散に逃げ出したのが、視界の隅に映った。
絶望と怒りに心が染まる。だが、かといって、これを野放しにしておくわけにはいかない。せめて先生が来るまで、時間を稼がないと…。
みっともない事に、オレは吸血鬼の発する気に中てられ、足に力が入らずに立ち上がる事すらできなかった。
吸血鬼が辺りを見渡す。一番近くにいたオレと、目が合う。
「……っ!!!」
一瞬にして肩を掴まれ、左首に灼熱の痛み。悲鳴を上げたくても、声も出せない。
次いで、手足の先から何だか異様に寒くなってきた。頭がくらくらして、視界が暗くなってくる。
……血を、吸われている。
何もできずに…このまま死ぬのかな…? オレが死んでも誰も困らないけど……、時間を稼ぐことすら、もしかしてできなかった…?
それが悔しくて、ぎりぎりで意識を引き戻した。のろのろと吸血鬼の手を掴み、殆ど囁くように、使いなれた呪文を唱える。
「……『施錠』…」
鍵の代わりに使うのは、オレのこの身体。オレが解錠の呪文を唱えるまで、オレの腕は、オレの首筋は、吸血鬼を離さないだろう。
吸血鬼は、焦った、ようだった。吸血鬼の牙を離さない首から、酷い違和感。まるで蹂躙されるかのような……。
口が、勝手に呪文を唱えようとする。そう、思い出した。吸血鬼は、眷族を作る事もできたんだっけ。
だけどオレだって、やすやすと支配されてやるわけにはいかない。
詠唱破棄するだけの魔力が、オレにはない。そして、これだけ血を吸われれば、死ぬのも時間の問題だろう。ならばいっそ。
オレは最後の力を振り絞り、舌を噛み切ろうとした。だが、あまりに意識が朦朧としていたせいか、それからどうなったのか分からないまま、記憶が一度途絶えてしまった。