契約を、と呟いたオレを中心に、光の線が走って魔法陣を刻みゆく。
光は少しずつその明るさを増し、オレは初めて目の前のこいつが亜麻色の髪に深い紫の瞳をしていると知った。
……にしても、オレは魔物側の契約の進め方なんて知らないが、良いのだろうか。
その考えを見透かしたようなタイミングで、どこからか声が聞こえた。
――ヴァン・スキャバードとの契約、見届けた。
一際明るく光が輝き、背中に衝撃が走る。
役目を果たしたと言わんばかりに薄れていく光の中で、ヴァン(多分)も少し痛そうな顔をしていた。
「……ヴァン・スキャバード?」
取り敢えず、忘れる前に確認しておく。
「何だ? 改まって」
「…いや、確認の為に」
一応、ヴァンで合っているらしい。彼はオレの言葉を誤解して、言った。
「確認? 契約印のか。背中に出たみたいだな。この暗さだと見難いと思うが…明るくしても平気か?」
契約印は使い魔とその主両方に共通して刻まれる印、契約の証だ。概ね、身体の似たような部位に出てくるというが…さっき背中に走った衝撃が、そうだったみたいだ。
ヴァンは返事を待たず、指先に灯していた光を少し高い所に浮かべ、光量を増加させた。
眩しい。物凄く眩しい…が、最初の頃ほどではないかもしれない。まだ何とか耐えられる。
「名前が確認したかっただけだ。印の確認は別にいい」
「あ、俺、言ってなかったのか」
「契約して初めて知った」
しかし、目が慣れてきて辺りを見ると、改めて此処の酷さが分かるな。ただの殺風景な石造りの牢獄…汚い事この上ない。
「じゃあ俺も念の為に確認するが、あんたはアデル・リテラティで間違いないんだな?」
「合ってるよ」
返事をしながら、オレは自分の身体の状態をチェックしようと見下ろす。
長く伸びた髪は、ずっと暗い中にいたからか、心労とかショックとかの影響か、すっかり白く色褪せていた。服はドロドロのボロボロ。そしてあちこち、手足と首の枷から伸びた鎖で縛られている。
「よく見たら、本当にヒドい格好だな。取り敢えずこれ、壊すぞ」
ヴァンは、手の中に光の刃を出現させた。オレを気遣っての事だろう、慎重な手付きで枷を解体していく。
邪魔にならないよう身体を支えていようとしたのだけれど、手足には全く力が入らず、オレの身体は解放された瞬間その場に崩れ落ちていた。…その筈だった。
予想していたよりも軽い衝撃。
「おっ…と」
ヴァンがとっさに身体を支えてくれていた。ゆっくりと、壁にもたれかからせるように座らせてくれる。
「やっぱり、さっきの魔法、不完全だったんだなー。慌ててかけたから」
持っていた刃を光の粒子に還元し、彼は集中するように目を閉じた。
「……『癒やしを』」
やっぱりヴァンは凄い。身体が軽くなった気がする。それに…手足の先が、ほんのりと温かい。オレの身体、冷え切ってたんだな。
「ちょっとはマシな顔色になったな。立てそうか?」
「んー…。ごめん、今はまだ無理っぽい。いくら治癒の魔法でも、体力完全に戻すのは難しいからな」
「そっか…」
ヴァンは言い、屈み込んだ。
ん…? 屈み込んだ?
「よっと」
「ぅわぁっ!!? な、何すんだよ!?」
普通、何も言わずに抱え上げるか!? というか、男を…そ…その……ひ、姫様抱っこなんてしねーだろっ!!
「だってあんた、立てねーんだろ?」
「だからっていきなり、こ…こんな…っ!!」
「…の割には、大人しいけどな」
オレが暴れてないのは、一重にそれだけの体力が無いからだ! 暴れれるもんなら、絶対暴れてるってーの!
「先生とかやきもきしてるだろうし、とっととこんな場所おさらばしようぜ」
「…!! お、降ろせっ! 今すぐ降ろしてくれ!!」
「わっ、とと。どうした? 急に」
無理矢理身体を捻ったオレを、ヴァンは慌てて抱え直す。
「こんなみっともない格好で人目に晒されるとか…拷問だ!」
情けなくて死ねる…!
「…そんなに嫌か?」
「嫌だっ!!」
ヴァンはやれやれと溜め息を吐き、オレを降ろしてくれた。
「分かった。じゃあ俺は先生に報告しに行ってくるから、あんたは寮の大浴場行ってろ。後で服を届けてやる。それで良いか?」
正直、とても嬉しい譲歩だった…オレがせめて、人並みだったなら。落ちこぼれと言われるような存在でなかったら。
「………無理だ…。オレ、転移使えないから…」
肩を落として呟くと、ヴァンは眉を顰めた。
「転移が使えない?」
オレは、声を絞り出すようにして、答える。
「魔力が…足りないから。……使えない…」
転移という一般的な魔法すら使えないから、オレは落ちこぼれと言われてきたんだ。
「あんた…」
ヴァンは何かを言いかけて、やめた。
「んじゃ、先生に報告した後、迎えに来る。んで、浴場に行こう。それなら大丈夫だろ?」
「………」
ここまで気を遣わせてしまった事が申し訳なくて、オレは黙ってただ頷いた。
ヴァンは苦笑し、オレの頭をくしゃりと撫でる。
不思議と、それは不快ではなかった。
「すぐ戻ってくるから待ってろ」
「……ああ」
光源となった光の球を空中に残したまま、ヴァンは転移していった。
空間に静寂が戻ってくる。オレは大きく息を吐いた。
あまりに…あんまりにも目まぐるしく色々な事が起こりすぎて、夢ではないかとさえ思えてくる。けれど、オレは枷から解き放たれ、頭上には光が浮かんでいて。
「ヴァン・スキャバード…か」
何となく零れた独り言だけが、光に吸い込まれていった。